代官山蔦屋に辻村深月先生と冲方丁先生の対談を聴きに行ったよレポート(ほぼ全体書き起こし)

2018年9月11日19時から代官山蔦屋書店にて行われた、辻村深月先生と冲方丁先生のトークイベントに行ってきました。詳細は以下のリンクからどうぞ。

【イベント】代官山 蔦屋書店 文芸フェス2018 秋の陣 第二夜:辻村深月×冲方丁スペシャル対談! | 代官山 T-SITE http://real.tsite.jp/daikanyama/event/2018/08/post-633.html

知り合いにも参加できない方が多かったので、メモを元に書き起こしたものを残しておきます。記憶をもとに再構成しているので間違っている部分が多々あるかと思います。文責は私にありますので、「ここ間違っているぞ」とか「ここはマズいぞ」など何かご指摘がある際にはコメントか、twitterID@facet31宛にリプライなど飛ばしていただければ幸いです。


◾️はじめに
司会者の挨拶(蔦屋書店代官山店の文芸担当マムロさん。間違っていたらすみません)
今回でn回目の文芸フェス。(3度目?)辻村さんには毎年出ていただいています。
トークショーの相手はすべて辻村さんからのオファーで出演していただいています。
今回はなんと冲方丁さんというビックネームにお越しいただいています。
まずお二人の馴れ初めを聞きたいと思います。

辻村:「野性時代フロンティア文学賞」の選考委員をこの二人(辻村と冲方)と森見登美彦さんでやっています。選考委員をやるとだいたい「じゃあ始めましょう」といきなり解釈からはじまります。角川書店野性時代」の編集さんから、実際に選考する一年前から、次回から選考委員が変わるので選考委員同士で鼎談を、とオファーを受けて、そこで冲方さんと初めてお会いしました。

ーーお互いの第一印象は。

冲方:昼間のテレビ番組ですかこれ笑

辻村:冲方さんデビュー何年目でしたっけ? 冲方さんはデビューが早いので私は読者として入りました。
私の周りの男子たちが冲方丁が大好きすぎて!ウザいくらいに!
私が冲方さんにお会いした時にはすでに「時代小説の冲方丁」でもあったんですが、
冲方丁が大好きすぎるファンには、上から目線ですみませんが(それくらい好きだということで)、「俺たちの冲方丁」なんだという意識がすごくて。
冲方さんが『天地明察』で賞を取ったときに「俺たちの冲方丁」が時代小説を書いたらこのくらいだよ、と好きすぎるがゆえの上から目線で語られました笑
冲方さんとフロンティア賞で一緒に選考委員をやるといったときに出た反応が「羨ましい」とかじゃなくて、「ああ、俺たちの冲方丁がね」笑。
フロンティア賞選考委員就任時の鼎談のときに言ったのが「男子はみんな冲方丁が好きで、女子はみんな森見さんが好き」。そう言ったら冲方さんが森見さんを羨ましがっていた。

ーー冲方さんはどうですか?

冲方:選考のときに、辻村さんも森見さんもお土産を持ってくる。僕は手ぶらでくるのでなんて出来た人なのかと。

辻村:嬉しかったのが、あるとき、まだあまり出ていなかった高級ポップコーンを食べて感動して、私が選考のお土産にもっていったら、その後にあった受賞パーティで冲方さんに「あんな美味しいポップコーンをもらったら、なにを返したらいいのかわからない」といわれた。私が「そんなの攻殻機動隊のDVDでいいんですよ!」っていったら、次の機会にほんとにDVDを持ってきてくれた。いまベッドの下にありますよ! 関係者見本なので、見本と書かれているのがポイント高い。私の周りにいる「冲方丁が好きすぎてウザい男性」のひとりである夫がDVDの包装ビニールをバリバリと破っていた。

ーー冲方さんは、辻村さんに今回指名されてのご感想はいかがですか。

冲方:なんか嬉しいなあと思いました。作家さんと対談することってあまりないので、小説の話だったりこういうときにどうするのかってことを聴いてみたい。

ーー77年生まれの冲方さんが辻村さんの三つ上でいらっしゃいます。そして19歳でデビュー。冲方さんは若い頃どんな子どもだったんですか。10年間文章修行されてからデビューする方もいるとすると、相当早いですよね。読書少年だったんですか。

冲方:幼少期に住んでいたネパールの学校で、文学の授業があって、なんでも翻訳すればよいという課題があった。
何を思ったのかそこでガンダムを翻訳した。
大使館勤務の方の子どもがまだだれも持っていない日本のコンテンツを持っていたんですね。
そういうものを英語に訳してくれと言われて。ときどき変な質問が来るんですね。「ナウシカキリスト教徒なのか?」「アキラはファーストネームで、金田がラストネームなのはなぜか?」とか。飛び飛びで手に入るので、そのつど解釈をしていた。別の人に同じ質問をされて、いちいち説明するのが大変なので、課題を機に丸ごと書いた。
「ジオンはドイツ系だからプロテスタントなのか」とか質問される。

辻村:宗教と認識が結びついているんですね

冲方:宗教観が感情移入の幅を決めてしまうんですね。日本人が思うよりもずっと強く。
あと、娯楽が極端に少なかったので辞書を読んでいました。読書はあまりしなかった。どちらかというと外で遊んでいた。子供の頃の話を親に聞くと「ブレーキのない猿」だと表現された。

辻村:猿はもともとブレーキがないですよね笑

冲方:あるときデパートに行ったら突然悲鳴が聞こえて、声のする方に行ったら僕がタンスを階段状に開けて、そこを登って落ちたらしい。

辻村:世界を空間で把握してますね。立体で捉えないと階段にしない。

冲方:文芸を最初からやろうとは思っていなかったですね。読書少年でもなかったし。

ーー10代でデビューするメリットはありますか?

冲方:メリット……ありますか?

辻村:私は10代でデビューしたかったです。中学が人生で一番つらかった。振り返ってみると辛いことはない。友達もいるし。ただ、なにもなかったことが辛かった。自分が何者でもない。作家になりたい、小説が書きたいと欲求ばかりはあった。中学生って万能感がすごいから、突然誰か"違い"のわかる大人がやって来て、「君は才能があるからデビューしなよ」と言ってくれるような気になっていて、そういう万能感と自意識があった。中学生作家になりたかったし、高校生作家、大学生作家になりたかった。
※辻村さんのデビュー作は大学時代に書かれていたのものですが、メフィスト賞を受賞してデビューしたのは大学を卒業して就職したあと。

冲方:高校の時に入っていた同好会のテーマが「われわれは何で食っていくのか?」だったんです。高畑勲に手紙を出して、「アニメは儲かるんですか?」と聞いたり。
はじめは絵を描いていた。翻訳する必要がないもの(表現だけで伝えることができる)を選んだ。美術部の部長だったんですか、自分だけ絵が進んでいなかった。これから描くテーマに関しての文章をずっと書いていた。そこで挫折感を得た。自分が好きなものと得意なものが離れている。

辻村:小説に呼ばれていたんですね。

冲方:メリットはあるかというと、社会経験もスキルもないし、大人のいうことも信じられない。ゲーム業界に就職した。学校行きながら漫画原作もしていた。漫画原作をしていたのは父親が亡くなって学費を自分で稼がなければいけなかったので月給が欲しい。社会経験を積まなきゃダメだ、と思って。本屋に行って他の小説を読んで自作と比べていた。自作と比べると自分は圧倒的に足らないと思い、危機感と恐怖心でいっぱいだった。メリットとしては、ものすごくヘコむこと。

ーーヘコむことがメリット?デメリットではなく?

冲方:そこから上がっていくときの経験値を考えるとメリットです。デビュー直後は膝を屈して「もうだめだ……」と思うばかりだった。

辻村:えー!! 冲方さんそんな感じだったんですね。私「天才かよ〜〜」と思って『マルドゥック・スクランブル』読んでました。

冲方:『マルドゥック・スクランブル』なんて7社から断られてますから笑

ーー逆に年を経てデビューすることのメリットはあるんでしょうか

辻村:年を経てデビューされた方で思い出すのは、ミステリ作家の深木章子さん。弁護士を定年で辞められてから小説を書いた方で、10年前に好きだった本格ミステリが現代の技術で書かれている。そんなことをされると太刀打ちできない。『ミネルヴァの報復』が出たときに対談させていただいたのですが、そのとき私が言ったのは「深木さんのミステリには聖域がない」ということです。ふつうなら主人公は死なない、子供や女性は傷つかないといった「聖域」があるが、深木さんの小説では子供もひどい目にあう。そう言ったら深木さんは、現実の弁護士をやっていると現実には「聖域」がないことがわかると言われた。デビューしたのは遅くても言葉が自分の中にあるのだと思う。(歳を経て)その年代で書かれるからこその良さはある。

冲方:デビュー直後に編集者から「君はこれで勉強したまえ」と出されたのが隆慶一郎※さん。作家活動をされていた、たった五年間であれだけの作品を書いた。自分には厚みがないと打ちのめされた。自分の強みとか、密着している感情など、自分のカードを大事にするしかない。年を経てデビューした方は自分の強みを知っている。軽やかでもなく重々しくなく、整然としている。「だってこうでしょ。しょうがないじゃない」みたいな(説得力のある佇まいがある)。
隆慶一郎。作家。1923年生まれ。84年に61歳で小説家としてデビュー。それ以前は長く脚本家として活動していた。隆慶一郎名義の代表作に「一夢庵風流記」(後に原哲夫により漫画化される「花の慶次」の原作)、「影武者徳川家康」など。89年に急逝したため、小説家としての活動期間は五年ほど。

辻村:若い時に正しいと思って書いていた自分の考えが、変わることもあるってことを来年デビュー15年を目前にしてわかった。年を経てデビューした方は地層のように重ねてきてのブレなさがある。

ーーデビュー時から振り返って、自分が現在のような作家になっていると予想していましたか? 冲方さんはジャンル横断的で長さにも幅があります。小学生みたいな質問で恐縮ですが、「うぶかたせんせいはなんでこんなにいっぱい書けるんでしょう?」

辻村:今のはひらがなで書かれてましたね笑

冲方:句読点がなくて読みにくい笑

冲方:デビューしたときに計画を立てるわけです。自分には完成させた小説は書けない。小説には主題・物語・世界観・文体の要素がある。二年くらいで二個ずつクリアするとして、まず主題と世界観が書けたらいい、と思っていたら世界と主題をクリアするだけで10年かかってガッカリだなと。
それに、デビューした頃によく言われていた「活字離れ」というものを確かめるために四媒体を渡り歩いた。本当に活字から離れていたら作家なんてやってる場合じゃねえ!と思って。これもそうでないとわかるまで10年かかった。

辻村:すごい真面目ですね。体験派。

冲方:体験しないとわからないので。もっと早くに課題が片付くと思っていた。焦っています。

辻村:私が今回冲方さんをご指名したいと思ったのは、まず最初のフェスの時は司会のマミヤさんに道尾さんを指定され、その理由は「仲がいいだろうから」だった(このあたりうろ覚え)。次は誰がいいか、と要望を聞かれた時に『十二人の死にたい子どもたち』『かがみの孤城』が書店に並んでいた。アレ(『十二人の〜』)を書かれてしまったことで冲方さんに悔しい気持ちがあった。冲方さんはこれだけ色んなジャンルで書いていて…。私は自分がミステリが好きで書いていて、人が死ぬような話でなくてもミステリの筋肉を使って書いていると自負している。人が死んで謎を解くという本道のミステリに憧れがあって、書けなかった。そういう自分が読みたいミステリを冲方さんに書かれてしまった。もちろん面白かった。そのことをお会いしたときに伝えたら、「辻村さんに言われたら嫌な汗が出てきました」と言われた。冲方さんでもそんなことを言うのかと驚いた。
今回の冲方さんの新刊(『破蕾』)も夏休みに行くハワイで読みます、と周囲に行ったら「ビーチで官能小説読むの!?」と驚かれた。べつにビーチで読むわけじゃないんだけど…笑。官能小説なんだけど冲方さんの小説。物語に厚みがあって、江戸のことがよくわかる。「曳き廻し」ってこうなんだ!って笑

冲方:「曳き廻し」はああいう感じらしいですよ。調べるのは楽しかったですね。(『破蕾』は)ちゃちゃっと書けるなら気にしなかったんですけど、なにやっても書けなかった。「できない」っていうのが心を蝕む。誰かと話しているときに「でもお前書けないくせに」と言われているような気がしてしまう。弱点を潰したかったんですね。そこにあるテーマがあるはず。(官能小説なら)エロスとタナトスを描きたかった。そうでないと「時間がなくて〜」とか言い訳をしそうで嫌だった。

冲方:『十二人の〜』はSF大賞をとったときにアイディアを思いついたけど、そのときには掲示板しかなかった。背景の違う10代の子供が集まる手段がない。SNSが発達してきて実際にそういうことが起こり始めた。説得力が増してきたので書けた。

ーー辻村さんも本格ミステリの出版が控えています。デビュー作の『冷たい校舎の時は止まる』では同世代の集団、実写化もされた『ツナグ』では家族物など、多彩に書かれてます。作品を書くときはまずテーマありきなんでしょうか?それとも、例えば「本格を描きたい」という欲求と依頼が合ったときに書くのでしょうか。あるいは依頼が来てから、それに合わせた題材を考えるのでしょうか?

辻村:そのときどきによるんですけど、その版元さんのカラーを考え、編集者さんが喜んでくれそうなもの。『青空と逃げる』をやっているときに、編集さんに「どんな作品がやりたいか」と聞かれて「家族物はたくさんやったので次は婚活とか考えてるんですよね」といったら「……もう少し考えましょうか」と言われた。ああ、やりたくないんだ笑と感じた。次に週刊朝日の女性編集さんに「婚活がやりたい」と伝えたら「いいですね!」と乗り気になってくれた。伴走してくれる編集者が楽しんでくれるものがいい。

冲方:だいたいテーマとか、こういうものがやりたいというストックはつねにある。一時期修行をしないと、と思って、依頼で言われた通りのものを書けないと、と思って『もらい泣き』の連載をした。人を殺さず、一話完結で……手足を縛られるような気持ちになりながら書いた。やりきったら「おれできるな!」と思った。四年くらいやらされて苦しかった。それまでは編集者に依頼されても依頼されたものが出た試しがない。デビューしたてのときに「剣と魔法とかわいい少女」モノを150pで、と依頼された時に書いたのが2500pの長編。「かわいい少女とマスコットで〜」と依頼されて書いたのがマルドゥック。あれも50pの依頼だった。テーマを描くのが大事で、物語の枠組みとかどうでもいいと思っていた。枠に収まらない、人の言うことを効かない、自分が正しいと思うものしか出さない。だから依頼とそぐわないものしか書けなかった。

ーー文体修行について。文体はあえて作っているのか、そうではないのか。

辻村:私はあんまり意識していない。自然とそうなるように書いている。

冲方:意識するとギクシャクしちゃうから自然にしますよね。

辻村:デビューしたての小説を読んだら、そんなに頑張んなくていいのに、と思うくらい変に熟語を使ったり、難しい熟語を選んだり。最近はふつうに書けるようになった。小学生を書くときに「小学生はこんなこと言わないのでは」という議論があるが、「大人の私が小学生の教室に入っている」という意識でやってみたら気張らなくなった。でも『かがみの孤城』から婚活モノを書いたら(婚活モノのほうが?)「改行少な!」って思った。

冲方:文字ヅラってありますよね。

ーー新人の審査をすることについて。選考委員の難しさ。

辻村:フロンティア(野性時代フロンティア文学賞)はすごく楽しいです!綾辻さんとあったときに、乱歩賞でも選考委員をやらせていただいているので、「最近選考委員やっているよね」と言われて、「フロンティアはすごく楽しい」と伝えたら「だろうね、楽しそうだもん」と言われた。森見さんと冲方さんの読み方が違うんですね。三人とも推している作品が違う。ただよく聞いてみると似た印象は持っているんです。
選考中、度肝を抜かれたのが、冲方さんがいきなり「この作品には悪いところが三つあって……」と言って笑。褒めないんですね。あと、すごく楽しいのが、冲方さんは「この作品はこういう導入だから、こういう展開になるだろうと思ったんだけど……そうはならなかった」と評価することがあるんですが、その「こうなったら楽しい」という構想がめっちゃ面白いんですね。

冲方:辻村さんは審査員として正しいことを言う。「この作品は、いまこれを読みたい読者がいるはずだ」と読者を含めて評価する。僕はどうしても単体で完成度を高めたくなる。「こいつはあと5回くらい書き直したら面白くなるな」とか。

辻村:ほんとスパルタ!

冲方:こっちにおいで、と。こういうふうに叩くとこうなるぞ、と。実際に選考作を書いた人がそうするとは思わないんですが。作品を読む読者については「その人がどういう人生を送るかわからないからいいや」と突き放しちゃうところがある。

辻村:あと冲方さんは他の媒体でもお仕事してるからか、「この小説だとゲームの方が向いている」とか「この人はゲームライターになれるよね」とか言うんですね。

冲方:批判しているわけじゃないですよ笑

辻村:森見さんは「この小説はおれが守る」といってトイレに立てこもることがある。そうなると、「出てきてくれ!」「こんなことしてどうなるんだ!」と二人(辻村・冲方)がトイレのドアに向かって説得する。

森見さんは「二人がどうしてもわかってくれない!」と笑
それが評価の焦点になることがあります。「いまのは立てこもりポイントですか?」と森見さんに聞くと、森見さんが「すごくこれを推したいけど、立てこもるほどではない」と答える。笑

辻村:選考委員を務めてから、二年続けて大賞が出なかった。出ないときは審査している方もつらい。3人とも大賞を出したいが、何かに欠けているとか、以前大賞を出した人に比べるとどこか落ちるとか。意見が違っても二人は信頼できる。この中に書いている人がいたら他に回す前にこの発言を思い出してほしい。

ーー応募作の傾向はありますか?

辻村:ねらいが見えすぎてしまっているものがある。「これは頑張っている人に対する応援です」と概要に書いてあると、「あー…」と思う。狙いがあるんだあと思ってしまう。自分が小説を評価するポイントは、「いまこの作品を必要としている人がいるか」と「本人がやむにやまれぬ衝動で書いているか」の二つ。

冲方:そのひとが作品を書いた理由が伝わってくるといいですね。テクニックはあとからでもついてくるじゃないですか。「これを持ち続ければ30年やっていける」というエネルギーを作品に感じるとキター!と思う。
前に人に教えられなきゃいけない、と思ったことがあって、小説の書き方本を100冊くらいamazonで買ったことがある。なかにはひどいですよ。「こう書けばいい!ボーイミーツ」とか。穴埋め問題みたいになっている。でも、穴埋めをしている最中に他の穴も空けたくならないような人は、わざわざこんなつらい仕事しなくてもいい。追い込んじゃうくらい、「形にしたい」「形にしないとおれがおれでいられなくなる」という人じゃないと。それがあるかないか、で言うと、あまり(我を)見せてこない綺麗な感じのものが増えてきた。もっと荒っぽくていい。

辻村:自意識が見えているもののほうが可愛がれますね。

ーー以前登壇された宮内悠介さんの初代編集が、「ウェルメイドな作品じゃないと一次審査は通らない、しかしぶっとんでないと最終審査には至れない」と言っていた。宮内さんは最終狙いでぶっとんだものを書いていて一次で落とされ続けていた。綺麗/ぶっとんでいるは相反するのではないですか。

冲方:下読みをしている人もたくさん読んでますから、綺麗なものは上に上げやすい。どう判断していいのかわからないものは上げられにくいが、一旦上がっていくと、どう評価していいのかわからないからしぶとく残りますね。

ーー今までは選ぶ側としての質問でしたが、選ばれた側としての質問です。二人とも大変な賞ゲッターですが、いまだから開かせる賞の裏話などはありますか。

辻村:考えてこようと思って、質問を見たときにこれを言おうというのがあったはずなんですが…思い出せない。

冲方:裏話……。表からすれば全部裏話なんですがどれが面白いのか……。

ーー選ぶ側として本屋大賞が気になります。みなさん受賞スピーチでは特別な賞だといいますが、選ばれた側として本屋大賞はどんな感じなんですか。

冲方本屋大賞を取ったことでやっと自分を褒めていいと思った。作家と名刺に入れるようになった。

辻村:いい裏話じゃないですか!

冲方:作家ですと言った責任も引き受けようと思いましたね。何か言われたら作品で返すと。

辻村:冲方さんが本屋大賞とってみてどう思ったのかは私も気になっていて、質問しようかと思ってました。私は本屋大賞は縁がない賞だと思っていました。ノミネートは何回かされていたんですが。
直木賞を取ったあとに次にどんな作品を書いていこうかとおもう時期があった。直木賞のときは、編集者が待ち会をしてくれるんですね。その話を聞いたときには大の大人がプレッシャーに耐えるために集まるなんて…と思っていたんですが、当日になるとそばに誰かにいてほしいし、編集者も作家をひとりにするわけにはと集まってくれる。あれは今考えると青春だった。
そのあと、『島はぼくらと』で本屋大賞にノミネートしてもらって、一年やったことを見てくれる人がいるんだ、と思って励みになった。
本屋大賞は、全国の書店員さんという自分の力ではなんにもできないほどの数の人たちが推してくれる。実際に受賞したらこんなに嬉しい気持ちになるとは思わなかった。本屋大賞が好きなのは、各版元さんたちの営業さんたちの賞でもあること。受賞した社の営業さんたちは各社楽しそうにしている。本を売ることは集団作業。1位は別格で華やかだと思って、いつも見ていて別世界のことだと思っていた。でも、自分が壇上にあがってみると、いつも良くしてくれている書店員さんたちの顔があった。華やかに見えたのは近くにあるものだったんですね。

冲方:書店さんの存在が近くに感じますよね。

辻村:思い出した!本屋大賞って既に受賞した人たちがすごい優しいんです。三浦しをんさんとR-18文学賞(新潮社)で一緒に審査員をやらせていただいているんですが、本屋大賞の話を聞いた三浦さんが「すごい忙しくなるよ」と言ってくれた。三浦さんすごくお優しいので、わざわざメールで「忙しくなるって言ったけど、当時のスケジュール帳を見直したらライブに行きまくっていたからそうでもないかも」と笑
それもエネルギッシュな三浦さんらしいのですが笑
受賞式の際に裏で待っていたら、宮下奈都さんからです、とカードをもらった。「投函するとその日のうちに届く美味しいクロワッサン」の券もカードのなかに入っていた。湊かなえさんにもニューヨーク土産をもらった。今年は自分もプレゼンターになって優しくしたい。昨年までは話題になっている本があるとライバルとして捉えていた。今年は自分が花束を渡す番。

冲方:そういえば自分も湊さんに花束を渡されるときに大変なことになるよと言われました。

ーー冒頭で昼間のテレビみたいだと言われた手前、たいへん恐縮なのですが実写映画『天地明察』主演の岡田准一さんと宮崎あおいさんが結婚されたときになんと言われましたか。

冲方:ある新聞の記者に「おめでとうございます」と言われて「何言ってんだコイツ」と思った。そもそも家にテレビがないので知りようがない。
あっ!そういえば(岡田准一宮崎あおいは)夫婦役でしたよね。(ここで初めてピンときた冲方に会場笑)
おめでとうございます、とここにいないけどね。
岡田さんも真面目な方でね。現場にリュックサックいっぱいに本を持っていて、ホテルの部屋に帰ったらダンスの練習。そういう仕草を見ているとお幸せに…と思う。
幸せだよね?

ーー自作でメディアミックスしたいものは?

冲方:そんなの全部ですよね。

辻村:私はアニメ業界への憧れがすごくて、
ハケンアニメ!』という小説を書いて、各所に取材に行ったので、「これはもう本になったときに!」と期待していたら……笑。今日も待ってます!
アニメに対して憧れがあるんですよ。実写より、アニメになったら…!とデビューからずっときている。デビュー作の『冷たい校舎〜』が漫画化したときに「これは!」と思ったんですが…。

冲方:心の中ではメディアミックスは嬉しいんですけど、そう簡単には映像化できないぞ、という小説家としての自負があるので、ハードルでありたい。映像業界のために小説があるわけではないので。

ーーお互いについての質問。

辻村:二つできました。まずテレビがなくてどうやってアニメのチェックしているんですか?

冲方:放映時にチェックしてたら手おくれですから。順調なら3、4ヶ月前にチェック用の映像が届く。順調でないときは一週間前。そのためにパソコンを買ったくらい。60GBくらいのデータを落とさないといけない。脚本、絵コンテと何度も同じもの見てるので「あとはよろしく」と。そうしないと無報酬でいろいろやんないといけない。脚本料しかもらってないのに。

辻村:二つ目は集団でものを作ることについて。『ハケンアニメ!』の取材しているとアニメはなんて大変なんだと思った。その点個人の小説は楽。心構えの差について教えてください。

冲方:どのパートを請け負うか、責任の違いですよね。小説ならかかわるのは自分と担当編集と、3人4人。関わる人数が少ないと役割が明確になる。漫画もそうだけど、集団になるとできるやつが全部やらざるをえない。

辻村:できない人のことはどうしたらいいですか?

冲方:それは、うーん。ある時期が過ぎて「出来ない」ってことになると、崩壊する手前で食い止める。もう戦場ですよ。やれる人がやる。弾があるやつが撃つ。とくに日本の映像業界はお金と時間もない。だんだん役割分担されていく。自分がやらないと後ろにいる人たちに影響が出るというプレッシャーがある。
「自分にやりたいこと」と「他の人のやりたいこと」の折衷案。折衷案ほどつまらないものはないのでどうにかして押し切る。たいてい五分五分ですね。100点を目指してようやく50点が出せる。やりたいことの半分もできたら上出来。
ある人に任せようとしたら突然来れなくなったり、過労で亡くなっていたりしてスケジュールが崩壊する。小説は穴が開いても雑誌に穴が空くぐらい。ぐらいって言っちゃうダメだけど。アニメは穴が開いたら罰金三千万ですから。だから総集編とかでなんとか埋める。

辻村:えー!!!取材したけどそれは教えてくれなかった……。

冲方:一応あってはならないことだから言わなかったんじゃないですか

◾️冲方から辻村への質問

冲方:ざっくりとした質問をしてもいいですか?
どんな風に書いてます? たとえば朝起きて、どんな風にスイッチを入れるか。日常生活。どうやって1日の仕事を終わらせるか、ピリオドをつけているか。

辻村:私はものすごいちゃんとしたスイッチがあって、子供が二人いるんですけど、「保育園に行っている間」という明確なスイッチがある。あさ8時から夕方5時6時まで仕事する。打ち合わせもその時間のなかで済ませる。その時間になったら、どれだけ仕事のことが気になっても気にしないようにする。このサイクルにたどり着くまでに失敗があった。以前週刊誌の連載をやっているときに、編集者からすこしチェックしてもらえないかとFAXが送られてくることがあった。それで「すこしなら」と仕事をして、終わったと思ったら子供が裸でテレビみていた。ウワッーーー!!となって。夏場でよかった。こんなの絶対ダメだと思って、やらないと決めた。
私は子供と一緒に9時に寝るんですが、朝4時から子供を起こす7時まで何をしてもいい時間にしている。本を読んでもいいし、溜まっているアニメを見たり、仕事をしてもいい。司会のマムロさんは朝シフトなので、早朝に打ちあわせのメールした。(マムロさん、「そうそう、私は朝4時からここにいるんですよ」と応える)。編集者のみなさんは夜型なので、夜に仕事をしている編集者と一瞬邂逅する。辻村さんいつまで仕事しているんですか、と聞かれると「私はいま起きたところです」と。
私も前は夜型だったので、一つの表現で悩むと夜通し悩んでいた。いまは完全な完成形じゃないけどあれでいいや、と送ってしまう。完成版でなくても朝には編集者からのフィードバックが来るので、それを元に修正できるから以前のパターンのより良くなっている。
一方で、一気に書けないというもどかしさがあった。『かがみの孤城』の後半はほとんど書き下ろしなんですが、「今から〈みんなのことを助けに行く〉のに、おっ、お迎えにいくのか……」って笑
(会場笑)

冲方「なるほど、やっぱりタイムスケジュールは大事なんですね」

 

ーーそろそろ終わりに近づいて参りました。
講談社さんが下に設営にきていまして、おふたりのサイン本もご用意しています。
足早にご紹介したいと思います。
辻村先生の『噛み合わない会話と、ある過去について』は本が閉じたときが始まりです。
『破蕾』は、冲方さんの大江戸官能小説。人生のあらゆること、ふがいなさかなしさが官能によって乗り越えられていくさまを描いています。
辻村さんの『きのうの影踏み』はフレッシュな怪談小説。怪談はどこか読んだことがある気持ちにさせられるのですが、これはフレッシュに読めます。
冲方さんの『はなとゆめ』。これは枕草子を描いた清少納言の話です。日本初のエッセイとして知っている方も多いと思いますが、日本初の編集者が出てきます。この人のことが私は好きで、清少納言はこの人なしでもコツコツ文章を書けたのでしょうが、「読まれる喜び」を清少納言に教えたのがこの編集者の存在なんですね。

ーーおふたりの新刊の宣伝、今後の活動について。

◾️辻村告知
辻村:来年の3月に婚活小説が出る。初めはそうでもないんですが、だんだん婚活のことに入ります。タイトルが『傲慢と善良』。なんでこんな怖いタイトルにするんですか、といわれたんですが、私はジェイン・オースティンの『高慢と偏見』が好き。『高慢と偏見』には当時のイギリスの結婚のことについてこれでもかと書かれている。映画の時、男はプライドを捨てられない、女は偏見が捨てられないというコピーがつけられていた。それを読んで、納得した。現代において結婚できないのは傲慢さと善良さにある。なぜ善良さなのかは、本を読んでもらえればわかります笑

冲方:やっぱり怖いじゃん〜〜

辻村:映画にもなったツナグの2。yomyomにツナグ2の最終話。来年に本になります。

◾️冲方告知

冲方:何を言おうかと思ったらアレも言えないしコレも言えないし。マルドゥックアノニマスの4巻を来年2,3月くらいに出します。全三巻だと思われている。全然まだこれからいくぜー!って感じなのに、次で最終巻なのは残念ですが…と感想をもらった。四巻目が出ます。
年末に麒麟児が出て、オール読物で時代連作短編が来年頭くらいに。
言えないものがちょくちょくあるのでそのうち公式が発表すると思います。

 

〈書き起こし、以上〉